No.533:中小企業の人事評価制度 ~仕組みの無い会社に人事評価制度は不要~

営業支援業N社長が事務所に相談に来られました。
事業をお聴きすると、クリエイティヴが必要で、社長と一人の優秀な社員が売上の多くを上げている状況とのことでした。
私は尋ねました。
「今後の方針について、どのようにお考えですか?」
N社長は即答します。
「人事評価制度の整備に取り掛かっています。一部の社員から評価基準を明確にしてほしいという声も上がっていまして。」
その目には迷いがありません。N社長は、評価制度の導入が、現状を打破し自社を飛躍させる一手になると本気で考えているようです。
人事評価制度の前に仕組みが必要
何かを評価するには、明確な基準が必要です。また、その基準を人と共有するからこそ協働が可能になります。
例えば、農家が「リンゴ」を評価する際には「大きさ」「味」「見た目」などの基準を設けます。その基準があるから「良い」「悪い」の評価ができ、そこで働くスタッフとも「今年の出来」を共有できるのです。そして、その作り方などの改善が可能になります。
これは企業においても同じです。サービスには基準があり、その良し悪しがあります。営業、製作、事務、また管理者、それぞれの業務には基準があり、だからこそ協働が成り立ちます。それぞれのポジションには「やるべきこと」と「どうあるべきか」が明確にあります。これを我々は『仕組み』と呼んでいます。
人事評価では、その『実行度』を測ります。そして、その評価を本人に伝えることで「修正」を促します。評価し伝えることを繰り返すことで、その実行精度を高めていくのです。
つまり「業務の基準」すなわち「仕組み」が人事評価よりも先に必要であるということです。逆を言えば、それが整っていない状態で評価制度を導入しても意味がないということです。
社員の行動が変わらない理由
人事評価制度の導入を検討する時には、社長は次のような期待を持っています。
「社員がもっと主体的に動くようになるのではないか」
「問題社員の行動が改められるのではないか」
しかし、実際にそれが上手くいくことはありません。それは当然です、そこには基盤となる『仕組み』が無いからです。
仕組みが無い状態では、社員側は次のように考えます。
「結局、日々の業務で何を変えればいいのだろう?」
→ 何を具体的にすればよいのか分からない。
「評価項目に、自社では普段使わない借り物のような言葉が並んでいるなぁ」
→ 形だけの制度に違和感を覚える。
「また社長が思い付きで何か始めたぞ」「我々をコントロールしようとしているのではないか」
→ 不信感が生まれ、モチベーションが低下する。
この結果、人事評価制度の導入がかえって組織の信頼関係を損ねることになるのです。
人事評価制度の目的:仕組みの『設計』とその『実行』の評価
社長が人事評価制度の導入を考える時、根底には「なぜ社員は動かないのか」「なぜ態度を改めないのか」という苛立ちがあります。そして、手っ取り早く解決する手段が人事評価制度では、と考えてしまいます。また、世の中の広告には「人事評価制度で会社を改革!」や「社員のモチベーションアップ」といった謳い文句が並んでいます。
私が、ここでお伝えしたいことは『人材育成』と同じです。間違っても人に向かってはいけません。我々は、人を動かす仕組みに向かうのです。
すぐに、次の声が聞こえてきそうです。
「だから人事評価制度という仕組みを導入するのではないか。」
人事評価制度とはあくまでも「その実行度」を測るものです。そのポジションで働く人は理想となる態度で基準を満たす動きをしているかどうか、です。そこには明確な「成果(生産性)」があります。
人事評価制度とは正確には「仕組み」では無いのです。そこに「成果(生産性)」はありません。あくまでもその「成果」を測るものであり、仕組みの『設計』の出来とその『実行』の精度を測るものとなります。
仕組みがない会社が人事評価制度を導入すると起きる現象
仕組みがない状態で人事評価制度を導入すると、次のようなケースが発生します。
ケース1:管理者が機能しない
これは何度もこのコラムでお伝えしている通りです。「管理者を動かす仕組みがないこと」が根本の原因です。その状態では、管理者としての業務は遂行できません。それでも評価を下されます。その社員は素直に自分の非を認めるかもしれません。または、不貞腐れるかもしれません。いずれにしても、その後も管理者が機能することは無いのです。
ケース2:素行の悪い社員は変わらない
根本的には、実行層(作業層・判断層)を動かす仕組みがないのです。そのため、周囲も注意することはなく(出来ず)、その職場では「自浄作用」が働きません。その仕組みがあれば、「その社員の態度が悪いこと」が明白になり、「上司や他の社員が注意すること」が起きます。また、訓練プログラムにより早期の是正または退職の意思決定ができます。
自社の規模に合った人事評価制度を導入すること
冒頭のN社には、この両方がありませんでした。事業にクリエイティヴがある状態で、社長と一部の優秀な社員に業務が集中しています。その一方で、その他多くの社員はのんびりした状態です。少しできる社員を管理者に任命しても、いままで通りの実行層としての動きをしています。
N社長は、その状態に苛立っていました。面談をした際に、その機能しない管理者から次のように言われました。
「うちの会社は評価基準が曖昧で一貫性がありません。何をすれば評価されるのか解りません(解ればその通り動けるのに・・・)」
この言葉をN社長は真に受けてしまいました。
先輩経営者が「人事評価制度を導入し上手くいった」と話していたことを思い出しました。すぐに先輩経営者に連絡をし、そのコンサルタントを紹介してもらいました。そして、人事評価制度を導入したのでした。
当社の事務所に相談に来られたその日から約一年が経つ頃に、N社長は言われました。
「いま思えば、その先輩経営者の会社は、完全に仕組みで回っていました。そして、その規模は当社の数倍はありました。」
その後、却って組織の雰囲気が悪くなったこと、そして、その導入したものがこの時のN社の規模に合っていないこともあり、人事評価制度は実施されなくなりました。
どんな施策も『規模』を考慮する必要があります。中小企業、または、小規模に合った人事評価制度を導入することが必要なのです。
まとめ
人事評価制度の導入の前に、まずは基盤を整える必要があります。
まずは仕組みで回る会社をつくる
・事業をつくる(クリエイティヴを抑えながらも、お客様に選ばれること)
・仕組みをつくる(すべての業務の基準を明確にし、属人性を無くす)
・組織をつくる(三階層または四階層が機能するようにする)
そこに
・社員を載せる。(訓練の仕組み(教育ではない))
そのうえで、人事評価制度を導入します。
・社員の行動を評価し、フィードバックし改善を促す。
仕組みの整備の後に人事評価制度を導入すること。その際には、自社の規模に合ったものを導入すること。それにより人事評価制度は、組織作りに大いに貢献してくれることになります。
お勧めの関連記事
No.81:変革のスピードを支えるのが、人事制度・・・首切りの仕組みです
https://www.yssc.jp/column/column081.html
No.261:人事評価を間違って使っている会社は非常に多い。そんな会社では、決まって組織化が進んでいません。そこで起きていることとは?
https://www.yssc.jp/column/column261.html
矢田 祐二

理工系大学卒業後、大手ゼネコンに入社。施工管理として、工程や品質の管理、組織の運営などを専門とする。当時、組織の生産性、プロジェクト管理について研究を開始。 その後、2002年にコンサルタントとして独立し、20年間以上一貫して中小企業の経営や事業構築の支援に携わる。
書籍 年商10億シリーズ、好評発売中
