No.280:採用した社員が、すぐに辞めていく会社に欠けているものとは何か?
その日は雨ということもあり、N社の社屋は更に「暗く」見えました。玄関の壁には、色あせたポスターが貼ってあります。
カウンター越しに、事務所を見渡せます。女性事務員の方が、私に気づきました。立ち上がる時に、椅子がキッキッと音を出します。ペタペタと歩き寄って、要件を聞きます。
廊下の奥からN社長がやってきました。ペタペタペタと音が聞こえます。
「矢田先生、こんなに遠くまでありがとうございます。」
社長の後ろについて、応接間にむけて歩きます。ペタペタペタ。
矢田は、後で伝えるべきことを頭の中で確認します。
「社員のためを思うのであれば、靴にしてください。」
会社というものは、多くの人に成功する機会を与える場であり、成長する環境を与える場であると言えます。
凡人でも、会社に入れば、成果が出せるようになります。会社には、その会社の知恵の集大成である事業モデルがあります。そして、過去から積み上げられたノウハウがあります。その会社に入れば、並みの人でも成果が出せます。
また、偏った能力の人でも活躍することができます。対人能力が低くても、技術やクリエイティヴの部門で「天才」にもなれます。営業や交渉などは、そこに長けた人が担ってくれます。
優秀な人に頼らない、というところに組織の根幹があります。
我々は、今日も、優秀な人に頼らなくてもよい仕組みを作っています。
人を雇った時には、どんな人も能力的にも人間的にも未熟であると言えます。最初から持ち得た人など、誰もいません。そんな人を仕組みによりサポートし、早く仕事を覚えてもらいます。そして、人間的にも成長してもらいます。
仕組みは、人をサポートしてくれます。
仕組みは、人の能力不足を補完するためにあります。
そして、仕組みは、人の心を支えるためにあります。
その仕組みを、「時間を掛けて、皆でつくっていこう」というものが組織であり、会社となります。
雇ったばかりの人には、能力よりも、心のサポートが必要となります。
雇われたばかり人の心の大部分は、不安が占めています。
自分は業務を覚えることが出来るのだろうか。また、職場の皆と良い関係を築けるだろうか。そんな思いで、会社に入ってきます。
そんな人が入った瞬間に、仕組みが発動することになります。
一日目は、オリエンテーションがあります。会社の考え方や歴史、事業内容、そして、就業規則の説明があります。そして、初期の研修プログラムの説明を受けます。初日ですからすごく緊張しています。しかし、この状況に少し安心できます。「しっかりした会社に入れた」。
トレーナーを紹介されます。解らないことは、すべてこの人に聞いてくださいね、と言われました。トレーナーの方も、感じが良い人です。同僚の輪の中に入れるようにと昼食を誘ってくれました。
後に、トレーナーのためのマニュアルや訓練体系の存在を知りました。
実際の業務は、マニュアルで説明を受けます。会社として決まっている手順を教わります。目と耳で取り込むことができます。そのマニュアルには、仕事の概要と目的も書かれています。すべてに納得することができます。
定期的に面談があります。その面談では、「自分のこと」、「家族の様子」を聞かれます。職場を変えることの大変さを気にかけてもらえます。家族への影響も確認してもらえます。
これらの仕組みは、心のサポートのためにあります。
どんな人でも実務については、覚えることができます。足りないのは、やり方を知らないことと、経験だけなのです。それは、マニュアルと訓練体系により確実に身に付けることができます。
それに対し、心は弱いのです。そして、個々それぞれの特性を持ちます。どのようなことを思うのか、どのようなことを気にかけるのか、どのようなことに凹むのか。
心は、非常にナーバスなものです。個々に合わせた対応が必要になります。心さえ適正であれば、その人が辞めることはありません。早期で辞める理由は、実務にあるわけではないのです。心が弱るからなのです。
心へのサポートがない状態は、やはり辛いものになります。
入社一日目に、事務的に雇用契約やその他の手続きの説明があります。そのまま、ロッカーに連れていかれます。
そして、事務所で先輩を紹介されます。「彼について仕事を覚えてください」と。
その先輩は「よろしく」と言いました。どこか素っ気ない感じがします。
先輩がいない時には、やることがありません。「何かやることはありませんか」と他の先輩に聞いていいのかも解りません。
そして、業務は、基本「口頭」で説明されます。後から何度も聞くのは気が引けます。必死にメモを取ります。
疑問に思うことは沢山あります。
「昼ごはんは、皆さんどうされているのだろうか。」
「始業時間の何分前に会社に来れば良いのだろうか。10分前、20分前。」
そして、不安が心を占めていきます。
そして、この不安が、明日も明後日も続くと思うと気が滅入ってきます。その不安は、家に帰っても晴れることはありません。「明日は、大丈夫だろうか。」そして、「程度の低い会社に入ってしまったかも」とも考えてしまいます。
一瞬、辞めようかという思いが過ります。しかし、辞めて再度就職活動をするのも大変です。
仕組みとは、人の心をサポートするもの、という正しき認識が必要です。
社員が心を適正に保ちながら、仕事をこなせる様にする。その状態を作ることを目的に、仕組みを作っているのです。
その正しき目的を持たない会社では、「業務を正しくこなす」ことに、主眼を置いています。マニュアルもあり、訓練体制もある、しかし、坦々と運営されることになります。その結果、何か殺伐とした空気が職場を占めることになります。
当然です、「心をサポートする」という本来の趣旨が抜け落ちているのです。受け入れる職場にも、業務を教える先輩にも、「心」という視点がありません。その視点が無ければ、気遣いの言葉は自然と少なくなります。
彼らが、お互いに気遣いの言葉を言い合える環境をつくる。社員の気遣いでさえも、仕組みでコントロールする必要があるのです。
ひどい会社になると、「心」だけでなく、「業務」に対してもサポートがありません。マニュアルがないために、正しい作業が解りません。訓練制度もありません。何もありません。
そのため、社員は「通常の業務を覚える」のに、不必要な苦労をすることになります。そして、心は、増して疲れることになります。
それでは、人が育つはずも無いのです。また、その人がやる気を持つはずもありません。そして、その会社を信じることも、愛することも無いのです。
そして、その環境で育った人は、新しく入った人に対し、素っ気ない態度で接するようになります。心をサポートする気はありません。自分がされたように坦々と接するようになります。作業を教えるだけです。
この循環により、無気力な会社ができあがります。そこにいるのは、『会社に対し不信感を持った、坦々と体を動かす作業員』ばかりです。
どんな仕組みも、人の「心」をサポートするためのものとなります。
組織は、「凡人」と「偏った人」が大半となります。そして、若い人を優先して採用していきます。そんな人達は、心は非常にナイーブです。十分に強い人などいないのです。
そんな人を雇入れて、活躍してもらう。そして、成長してもらう。それが組織です。そんな弱い人たちが、「協力して頑張っていきましょう」と集まったのが、会社なのです。
冒頭のN社には、「人を弱く」する環境が沢山ありました。
その一つが、事務所の暗さです。照明が暗い。そして、壁紙が薄汚れています。古いポスターが貼りっぱなしです。この環境は、「確実に」社員の気持ちを下げるように作用します。
事務所内における履物を選ぶ基準も同様です。それが、社員の心にどのような作用を及ぼすかで考えます。靴とスリッパ、どちらが「気を保ちやすいか」です。
スリッパでは、歩く時に脱げないようにすり足になります。または、ペタペタとなります。会議中も、机の下でブラブラしています。足元がぐらついていれば心もぐらつきます。
私は、N社長に、まずは『履物という仕組み』を変えるように進言をさせていただきました。
他にも、N社には、至る所に人の心を弱くする「仕掛け」があります。
・事務所内、工場、車、どこも整理整頓が徹底されていません。
・会社がこの先どうなっていくのか、誰も知りようがありません。
・今期の各部門の方針も目標も、明確なものはありません。
・会議の多くが、5分、10分遅れて始まります。
これらは、確実に、社員の心を下げていきます。当然のこととして、N社は全体的にモチベーションが低い会社なのです。そのように出来ているのです。
いままでのN社は、人の心に対して、あまりにも無頓着だったのです。それは、スリッパを見れば解ります。
そして、各業務に仕組みもありません。社員のやる気や安心という心を本気で考えるのであれば、「仕組み」に向かわざるを得ないはずです。そのくせ、経営理念はあります。
これから、全てを作り変えていくことになります。一つひとつが「心」に良い作用を及ぼすように変えていきます。N社長の本気の改革が始まりました。
プラスかマイナスか、会社のすべては、人の心に何かしらの作用を及ぼします。
すべてをプラスに作用するように、仕組みをつくるのです。
その結果、人が育つ会社ができます。
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