No.321:古参の社員とその取り巻きがのさばるM社は、どう立派な会社に変貌を遂げたのか。

№321:古参の社員とその取り巻きがのさばるM社は、どう立派な会社に変貌を遂げたのか。

大阪市内のオフィス街にあるM社を訪ねます。
そこには、きれいなエントランスと女性スタッフのしっかりとした対応があります。事務所内を見せていただくと、十数名の方が、キビキビと働いています。
 
私は、社長にお聞きしました。
「この中に、御社の3年前を知る社員はどのくらいいますか?」
 
M社長は、答えます。
「はい、一人だけいます。他は、全員いなくなってしまいました。」
 
笑みを浮かべ、補足をします。
「3年前のボロボロだった当社と私を知るのは、先ほどご案内させていただいた彼女ぐらいです。」


会社が『本当の成長』に入ると、「顧客の入れ替わり」と共に、「社員の入れ替わり」が起きるものです。
 
事業モデルが大きく変わります。事業モデルが変わることで、当然、仕組みが作り変えられます。それも、すべての仕組みがです。
そして、それに合わせて、求める人も変わるのです。
 
塗装業A社は、年商4億でした。その3年後には、年商12億になりました。
事業定義は「塗装業」から「大規模修繕業」になりました。求める人は、「作業員」から「技術者」に変わりました。
 
システム開発業B社は、年商2億が3年後には年商4億になりました。
それまでは「受託開発業」、今は「ある業界向けの専門ソフト業」です。一つの業界向けのパッケージシステムを開発・販売しています。営業担当者の役目は、「企画提案」から「案内と導入支援」となりました。
 
事業を変える時には、自ずと「求める人」が変わるものです。募集要項や採用方法を大幅に変える必要があります。
 
A社は、それまでハローワークとガテン系の媒体で募集をかけていました。それを、大手の求人媒体に換えました。求人の写真には、「CADを使う社員」や「図面を拡げ、打ち合わせをする襟付のシャツを着た社員達」を使用します。
 
B社では、「BtoBの営業経験者優遇」に変えました。明確な売り物があるB社の営業に、高度なシステムの知識は必要がありません。それよりも、「成熟した大人」、「大手企業との仕事のやり方」という『素養』を持った人を求めたのです。
 
この一連のプロセスにより、組織は全く別物に変えることができます。
自社の事業に合った人が採用できるようになります。会社の中心を、知的労働者で固めることになります。組織は、2年、3年で変貌を遂げることになるのです。
 
 
一方で、合わない社員が、去っていくことになります。
必要となる人は、いままでとは全く異なる人です。「仕組みづくりに貢献できる人」と「仕組みを正しく回せる人」となります。この条件に、いままでの人は合わなくなってくるのです。
 
A社は、別会社を起こし、作業部隊をそこに移しました。一つの会社内に、「技術者」と「作業員」が居ることに、限界が来たのです。会話の内容も給与体系も雰囲気も、全く異なるのです。
 
B社では、大きく「新システムを開発する部」と「パッケージシステムを売りまくる部」に分けることにしました。前部には、いままでも開発を担ってきた『野武士』を配置します。後部には、採用した『組織人』を配置しました。
 
それでも、どちらの会社でも、退職する社員は出ました。それは、避けようがないことなのです。
 
これが、皆さんの会社で、これから起きることとなります。
事業が変われば、すべてが作り変えられることになります。本当に、すべてです。
この先には、「いままでの社員をどうこうできる」というレベルではない変化が待っています。


3年前、M社長が当社に相談に来られた時には、抱える問題はすべて「人」に関することでした。
・一部の社員に業務が集中しています。真面目な社員が抱え、潰れそうです。その一方で、多くの社員は「ぬるい」状態にありました。
・社内では、古参の社員を中心に「派閥」が出来ています。社内の雰囲気は最悪です。そして、意に沿わない新人をいじめ、辞めさせているようです。
・何かを変えようとすると、できない理由ばかりを言う社員。面と向かって、「やりたくありません」と返されたこと。
 
M社長が、会社に入った時には、この状態が出来上がっていました。先代である父は、この状態を放任していたのです。
 
その古参の社員達を野放しにしてしまったのです。切りたくとも、彼らが業務の中心を担っています。居なくなれば、たちまち回らなくなります。
そして、父が他界し、M社長が代表になった後に、更にその状態は悪化したのです。この状況に、M社長は疲れ切っていました。
 
コンサルティングをお受けすることにしました。まずは、やるべきことは、事業の作り変えです。いまの属人的なサービスを辞める必要があります。
事業アイディアを出し、その検討を繰り返します。サービスを定型化し、顧客とは、人ではなくサービスで繋がるようにします。
 
その次は、仕組化です。すべての業務を見える化と標準化します。
その時に、私は、M社長に訊きました。「巻き込めるような社員はいますか?」すなわち、仕組みづくりが出来、かつ、こちらに前向きに協力をしてくれる社員のことです。
 
M社長は、「はい、一人います。」それが、私を案内した女性スタッフでした。
その新規事業の仕組みを、本体とは完全に分けた状態で、M社長とその社員とで粛々と作り上げていきます。そして、その事業の仕組みが回り始めると、順次社員を入れていきます。そして、売上げを増やしていきました。
 
この段階になると、古参の社員衆は、自分達の居場所が徐々に浸食されるのを感じることになります。何度か社長やその事業に関わる社員に横やりを入れたことがあります。それに対し社長は、「自分たちの業務をしっかりやってください。」と突っぱねたのです。
 
この事業を会社の中心に据えることに、M社長の腹が決まりました。そして、古参の社員衆に、「気に食わないのであれば、辞めていただいても結構です。」とはっきり伝えたのです。その結果、数名の社員が退職することになりました。思ったほどの大きな混乱が、起きることもありませんでした。
 
 
そして、最後の仕上げに移ります。私は、提言をさせていただきました。「事務所を移転するべきです。」
 
それは、M社長も考えていました。その当時、M社があったのは、大阪の郊外です。そこは高速道路が近くに走り、過去の事業モデルには、非常に都合がよかったのです。また、周囲には工場や倉庫が多く有り、作業員を採用するには向いていたのです。
 
それが、今の事業では、ネックとなりだしていました。知的労働型の社員を取るには非常に向かない地域なのです。仕組みづくりに参画するような人材を採用できる確率は極端に低くなります。
 
人材は、やはり『都市部』に集まることになります。
都市部には、それぞれの企業の中心が置かれます。そこで作られた仕組みが、地方にある拠点を動かすことになります。また、成長意欲の高い人こそ、そのような場所を選ぶものです。
 
M社長は、矢田に訊きました。「事務所は利益を生まないという意見もありますが。」
私は、お答えしました。「事務所移転の目的は、優秀な人を採用するためにあります。人材の採用のためだけと考えていただいても間違いではありません。」
 
そして、その場所は、顧客から見ても『不自然』になっていました。この時には新規のお客様からは、M社は『ITを駆使したサービスを展開する企業』として見られるようになっていました。来社いただくと、どのお客様も、その環境に困惑をされます。工場と往来する運送トラックの様子を見て、「どうしてここに?」と訊かれてしまうのです。
 
決断もその後の行動も早いM社長です。
それから、数か月のうちに事務所移転を行いました。その移転が、更にM社の成長にスピードを与えることになったのです。顧客が入れ替わります。優秀な社員が集まってきます。M社長とその女性スタッフを取り巻く環境は、がらりと変わりました。
 
その女性社員は、私に寄ってきて言いました。
「先生、ありがとうございます。私はこの会社で働けて幸せです。」
M社長もその言葉を聞けて嬉しそうです。
 
お二人は、本当に良く頑張られました。私も、頭を下げるだけです。
 
今の顧客も社員も、3年前のM社の事業も、雰囲気が悪かったことも知りません。
想像もできないことでしょう。いま、ここにあるのは、立派な会社です。
 
 
まとめ
社員を変えようとしてはいけない。
まずは、事業を変えること。そして、仕組みづくり。それに合わせ社員の入れ替わりは起きるものである。
そのプロセスにより、3年で立派な会社に変貌することが可能である。

●コラムの更新をお知らせします!
 下記よりメールアドレスをご登録頂くと、更新時にご案内をさせていただきます。メルマガ限定の矢田のショートコラムもあります。
 
メールマガジンへご登録いただいた方へ、当社で開催しているセミナーの冒頭部分(約12分)をまとめたセミナー動画をプレゼント中!
ぜひご登録ください。(解除は随時可能です) 

 

メールアドレス(必須)


名前(必須)

 

 

 
メールアドレス(必須)


名前(必須)

 

 

お問い合わせ

 営業時間/9:00-17:00
(土日祝除く)