No.324人が育つための条件:優秀なはずの社員を切ることになった経緯と反省

№324:人が育つための条件:優秀なはずの社員を切ることになった経緯と反省。

「明後日に、彼と決着をつけます。」
顔を上げると、そこには、N社長の大きな目があります。
 
彼とは、営業部の中核となっているA社員のことです。ここ一年ほどで、会社への非協力的な態度がエスカレートしてきました。
 
N社長は、辛抱強くA君に向かっていました。その一方で、仕組みづくりを進めてきました。
 
いまA君が居なくなれば、混乱は起きるでしょう。しかし、限界です。
彼が、社内に風評を広めていることが聞こえてきたのです。


人材育成に必要なものは、『環境』です。
 
整った環境さえあれば、人は育っていきます。
並みだと思われていた人でも、ある分野で力を発揮するようになります。優秀な人は、更に成果を出します。
 
逆に環境が悪ければ、人が育つことはありません。
並みの人は、本当のただの作業員に成っていきます。優秀な人は、去っていきます。
 
人が育つかどうか、その人が活きるかどうかは、環境次第なのです。その環境こそが、経営者が作るものとなります。その環境のことを総称して『仕組み』と呼びます。
 
環境は、社員に次のことを提供してくれます。
『難しいことに、前向きに取り組める状況』
 
社員には、「自分が頑張られなければできないレベルのテーマ」が与えられます。それは、自分にとって経験がないことです。勉強して、考えなければできないことです。
 
難しいことだけに、逃げたくなることもあります。しかし、そこには、その実務と心の面で、支える仕組みがあります。前向きな姿勢を保ちやすい環境があります。
 
事務所は明るく、きれいです。また、どこもが整理整頓がされています。目から入るそのシャープな風景は、自分によい緊張感を与えてくれます。
 
また、目標は明確です。具体的に何を作り上げればよいか解っています。その実現のための方策とスケジュールは、上司に適宜確認をしてもらっています。
 
自分のその目標は、会社の大きな方針を達成するためにあります。自分に与えられた目標の意義も理解しています。
 
定期的に他の部門や業者と打ち合わせをします。また、進捗の報告を部門会議で行います。その会議でも意見がもらえます。
 
 
この『難しいことに、前向きに取り組める状況』が続くのです。逃げよう、怠けようという気が起きても、すぐに無くなります。
 
入社から数か月経ち、通常業務をある程度覚えた頃から、このサイクルの渦に巻き込まれます。日々の業務をこなしながら、何かのテーマに取り組むことを求められます。それは主に、何かの仕組みの改善に関わるものです。最初は一つの業務に関する小さなもの、そして、部署に関するものと、徐々に大きく重要なものになります。
 
3年生には3年生並みの、主任には主任並みのレベルの目標が与えられます。社内では、誰もが頑張る必要があります。誰もが頭を使う必要があります。
 
このサイクルがあることで、会社の仕組みもどんどん成長することになります。
仕組みと人の成長には、相関性があります。それどころか、イコールとも言えます。この状況を作ることが、必要なのです。これが『人が育つ環境』です。


人の心には、強い弱いという強度があります。
強い心を持った人は、自分で自分のモチベーションをケアしながら生きていくことができます。また、困難な境遇においても、人を気遣う余裕があります。
 
逆に、弱い人は、自分のモチベーションをケアできません。また、困難な境遇においては、自分のことで精一杯になります。
 
この強度には、その人の育った環境や、長年の習慣が関係しています。また、若い人は、その心の強度は当然、未開発となります。
 
十分な心の強さを持った人など、そうはいません。並みの人を集めて成果を出すことこそが、組織だと言えます。また、未開発な人を採用して、一人前にしていきます。
 
少し難しい目標を与え、前向きに取り組めるようにフォローして、その目標をクリアさせる。繰り返し行うことで、その人を、強くすることができます。その経験が、実務も心も、向上させるのです。
 
 
冒頭のN社長は、この1年間で仕組みづくりを進めてきました。
N社長は、振り返って言いました。
「いままでの当社は、社員を弱い人間にする環境が有りました。」
 
当時のN社の事務所は、家族経営の臭いがプンプンしていました。そして、古ぼけた置物や色褪せたポスターがあります。そして、各机の上には、書類が山積みになり、雑然としています。
この状態で、意識を保つのは難しくなります。目から入るその情景は、確実に、若者のやる気や希望を奪うものでした。
 
「当時は、平気だったのです。その状態でも、私自身、何とも思っていませんでした。」
仕組みづくりの過程で、N社長の感覚も大きく変わってきました。
 
これが、その当時のN社の常態です。
・新人が入ると、先輩社員に「彼を頼むね」の一言で丸投げです。そこには、プログラムどころか、会社のことを説明する資料さえもありません。
 
・その教える先輩の態度は、「面倒くさい」そうです。当然です、丸投げですから。後輩に教えることは、「重要度の低い仕事」と受け取っていたのです。
 
・作業を一通り覚えると、長い作業員人生に突入します。業務改善の目標を与えられることもありません。毎日、同じ作業を数年、長いと10年続けます。
 
・ある日突然、管理者になってくれと依頼されます。上の人間が居なくなったのです。結果は、やはり「名ばかり管理者」になります。管理者が何をする役職なのか解りません。また、そのための能力開発は一切してきていないのです。
 
・会社がこの先どうなるかは知りようがありません。具体的な方針はないのです。行動計画も無いので、会議もありません。
 
「これでは、人が育つはずはありません。これでは、やる気のある人でもダメになっていきます。」
そう言葉にするN社長は、A君のことを考えていました。
 
A君は、昔はやる気に満ち溢れる青年でした。知り合いの紹介でN社に入りました。
その明るさと勘の良さで、職場で重宝されるようになりました。また、お客様の受けも非常に良かったのです。
 
アイディアも出します。社長に対し意見もするようになりました。
「ホームページを作成させてください。」
「既存顧客向けのイベントを開き、他の商品も知ってもらいましょう。」
「営業部と製造部の定期的なコミュニケーションの場を開きたい。」
N社長も、その彼の意見を積極的に取り入れました。
 
しかし、その取組みは、大きな成果に繋がることはありませんでした。
N社長は、言われます。
「どれもが、短絡的であり、単発なのです。彼の意見を取り入れても、当時の私には、それを仕組みにすること、会社として継続的に回していく方法が解りませんでした。」
 
その成果がでない状況に、だんだんとA君は、元気を失っていきました。そして、A君がN社長に意見することも減っていきました。そして、ほとんど会話をすることも無くなったのです。
 
そして、最近になると、A君の態度は明らかに悪いものになっていきました。
朝礼の場では、輪の一番外に立ちます。会議の場では、下を向きっぱなしです。意見を求めれば「特にありません」の一言です。業務中、いつも不機嫌な空気をだしています。職場の雰囲気は最悪になっていました。
 
N社長は、何度かA君のその態度を咎めました。また、面談もしました。
しかし、改善することはありませんでした。そんな中、他の社員から「A君が、若い社員に社長や会社の悪い噂を流していること」を聞かされます。
 
いよいよN社長は、決意することになりました。
A君と面談し、伝えました。「君は優秀なこと。そして、もっと活躍する場が有るはず。」と。その結果、A君は会社を去ることになりました。仕組みづくりを進めていた分、心配するほどの混乱も起きることはありませんでした。
 
N社長は、言います。
「当社が停滞しているこの十年間、苦しかったのは私だけではなかったのです。彼も、他の社員も、苦しかったのです。私には、早く会社を良くする責任があります。」
 
 
社員は、会社で、生活の糧を得ます。それだけでは、ありません。仕事を通じ、世の中に貢献する喜びを得ることができます。また、組織の中で、役割を全うすることで、自己の重要感を得ることになります。
 
会社という環境で、人として、育っていきます。若者は、一人のプロフェッショナルとしての技量と人格を獲得していきます。
 
それが、会社という場です。社員にとって、会社がすべてなのです。
 
その責任の大きさ、そして、経営の難しさを感じるばかりです。
 
皆さん、頑張りましょう。そして、そのお手伝いをさせてもらうものとして、私も頑張ります。そんなことを、改めて思った次第です。

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