No.333:何でも社員に意見を求める。そして、社員に強く言えない社長。この根底にあるものとは。
席に着くと、すぐにN社長は、「新規事業をやりたい」と口を開きました。
私は、「またブレたか」と心の中でつぶやきながらも、事情をお聞きします。
広告関係のN社は、コロナ禍で業績は厳しい状況が続いています。そこで、先日の会議で、社員に「事業の方向性」について意見を求めたのでした。
その結果、ネット通販サイトを立ち上げることに決めたというのです。
その30分後、N社長は、やはり本業に注力することを決定しました。
そして、矢田に訊きました。
「新規事業の取り止めの件、彼らにどのように説明すれば良いでしょうか。」
次は、社員を気にし過ぎ病が出ました。
社長の役目は、『決めること』です。
管理者の役目は、『実現すること』です。
そして、社員の役目は、『実行すること』となります。
この其々の役目とその違いを本当に理解した時、多くの社長は、自分の責任の大きさに身の引き締まる思いになります。自分の意思決定から生まれた目標により、自社の未来が良いものになるのか、悪いものになるのかが決定されるのです。
その目標は、事業に関するものになります。顧客は誰か、何をメインの商品とするのか、どのようなシェアを取りに行くのか、など。必ず、それは『外』のものになります。時代の流れ、自社の資源、そして、自分の使命。そこから、一つの目標が生み出されるのです。
その一つの決定に、社長は、全身全霊をかけて向かうことになります。
その決定を下すまでに、何度も机に向かいます。夜半に目が覚め、眠れなくなることもあります。考え抜きます。答えが出るまで悶々とした期間を過ごします。その期間は、短くても3か月、長ければ3年にもなります。
そして、決定したその一つの目標の実現を、管理者に依頼します。
彼らは、一様にその内容に驚きます。そして、抵抗を示します。それは当然です。彼らの根本的な役目は、仕組化であり、マネジメントです。仕組化とは「やっていることの強化であり」、マネジメントとは「その維持」なのです。だから、抵抗して当たり前なのです。
彼らからすると、社長の示すその目標は、無茶苦茶に感じられるものです。
いまうまく行っているサービスを変えることであり、いまの仕組みを捨てることを意味します。
その抵抗に対する社長の態度は決まっています。「無理なことを言っていることは解っている。でも、頼む。これをしなければ、当社の未来はないのだ。だから、協力してくれ」となります。これしかないのです。
彼らは、社長の覚悟を量っています。抵抗を示すことで、それが本気なのか思い付きなのかを観ているのです。社長が覚悟を持って当たれば、必ずそれを感じ取ってくれます。また、彼らは、最終的な責任をとれるのは、社長しかいないことを解っているのです。彼らは、その実現のために、動き出してくれます。
管理者は、事業の目標達成のために、自分の部門が担うべき目標を検討します。そして、その実行計画と合わせ、社長に提案してくれます。それらを見て、社長は認識のずれを知ることになります。すべてが『甘い』のです。
再度依頼することになります。「これではダメだ。このレベルまでやってくれ。もっと短期間にできるように考えてくれ。」そして、「これはやらなくて良い。重要ではあるが、思い切って捨てよう。」
ここでも、社長の覚悟で押すことになります。そして、社長が承認したもののみが、部門の目標になるのです。
そして、各部門の長は、その実行を部下に指示します。その実行を社長は、逐一確認をします。そして、修正をします。粘り強く、粘り強くです。その結果、実現がされていくのです。事業が変わり、儲けの構造が変わります。その段階になって、やっと社員は、社長の意思決定の意味が解ることになるのです。
社長には、意思決定においても、その実行においても、覚悟が求められるのです。
その覚悟を支えるのは、考え抜いた密度と時間なのです。
この自分の役目を理解していない社長は、次の病気を抱えることになります。
「何でも、社員に意見を求める病」です。
事業アイディアを社員に求めます。その内容は、事業モデルの変更であったり、新規事業のアイディアだったりします。これらは、『開発』の領域だと言えます。開発こそが、社長の役目です。そこに『展開(量産)』が役目である社員を巻き込むのです。
これをやってしまったのが、冒頭のN社長です。
その結果、「ろくな意見」が出ませんでした。出るはずが無いのです。
社員には、『外部』のことなど、全く興味がないことです。
どのような市場があり、どう変化するのか、競合はどこなのか、など、過去に一度も真剣には考えたことは、無いのです。彼らの興味は、あくまでも『業務』なのです。それらは、完全に『内部』の話なのです。
この時のN社は、業績は悪いものの、顧客先のコロナ禍明けに向けた動きへの対応で、多忙を極めていました。また、一つの商品(パッケージ化されたサービスと提案書)に手ごたえを感じていました。
その状態にありながら、社員に意見を求めたのです。それも、事業モデルについてです。その結果出てきた意見が「新規事業」です。これこそが経営を全く解っていない者の意見です。「新規事業の収益化までには早くとも3年を要する」、「会社の業績とスピードを覿面に悪くするのが複数の事業である」、「業績の悪い時の新規事業でうまく行ったためしは無い」。
経営や事業モデルの基礎知識もなく、自社の状況も解っていない。そして、深くも考えてもいなければ、その役目でも無い。そんな社員に意見を求めるなど以ての外なのです。当然、彼らが悪いのではありません。社長が完全に誤っているのです。
このようなケースは、他にもあります。
・期の目標を各部門に出させる。それを、そのまま使ってしまう。
各部の目標の評価軸は、あくまでも社長が出した「事業に関する目標」となります。各部門から上がってきた目標は、すべて『甘い』ものであり、それをそのまま採用し続ければ確実に会社は倒産に向かうことになります。事業の目標から考えて合致したものだけを、修正し残す。
そして、いくつかの目標を、削ります。彼らの出す目標は、「内向き」なものが多いのです。仕組みの改善目標についても、本当に重要なものだけを残します。目標は数が多くなるほど、ぼやけるからです。また、多すぎる目標は、社内の業務を増やす原因になります。
また、ひどいと「部門のコミュニケーション強化」や「次の管理者の育成」という目標が上がっています。これは、完全に間違いとなります。これらが、事業に関係することはありません。また、これらは仕組みの中でなされるものです。これをそのまま記載すれば、組織をより内向きにすることになります。
熱量の足りない文章も直します。その結果、原型はほとんど残らないことになるのです。
「組織のボトムアップからの目標と、トップダウンの目標をすり合わせる。」
これは、聞こえが良いだけで、現実を伴わない言葉です。企業においては、トップダウンで決めることが正しいのです。
これらの説明をすると、次のような更に可笑しな質問が来ることがあります。
「彼らのモチベーションが下がったらどうしましょうか。せっかく、彼らが作ってくれたのに。」
全く、お馬鹿な質問です。事業目標から導き出された目標しか存在し得ないのです。それをしなければ、我社の発展も生き残りもありません。そんな余裕は無いのです。事業の成果よりも、社内の人間関係を優先してしまっているのです。
このような「社員に何でも聞いてしまう病」の社長には、ある共通点があります。
それは、『考え抜いていない』ということです。考え抜いた結果の唯一つの目標が無いのです。だから、覚悟も生まれません。自信もなければ、社員からの評価も気になってしまうのです。その結果、コロコロと変わるのです。
もし「しっかり考えている」というのであれば、それは「考えが足りない」と言うことです。悩んでいるだけなのかもしれません。または、文章にしていないかです。(文章が軽すぎる方も稀にいます。)
もし、考え抜いた目標を持つのであれば、そう簡単には譲れるはずがないのです。社員からの抵抗が有ったとしても、答えは「それでも頼む」しかありません。多少伝え方は工夫するも、結果は同じなのです。
考え抜くこと、考え続けること、
これこそが社長の役目となります。
その積み上げた時間こそが、事業と自分への自信になります。
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