No.414:ボトムアップでの目標づくり、そんなものがあり得るのか?
交通系サービス業M社長が当社に相談に来られました。
業界全体が厳しい状態にあります。M社も例外でなく、コロナ禍、そして、この燃料費高騰により、2年連続のマイナスです。
M社長は、この状況を乗り切るために、会社全体で危機感を共有する必要があると考えました。そこで、人事制度改革の名のもと、目標管理制度を導入したのです。
しかし、各部門や各担当から出てきた目標を見て、愕然とすることになります。
すべてが、「甘い」のです。また、重要性が低いと思えるものばかりなのです。
M社長はそれらを「却下」しました。
すると、幹部からは、「社長は、社員が一生懸命に考えた目標を無下にするつもりか」という言葉が返ってきたのです。
経営計画書をつくる目的は、『未来をつくり変えるため』にあります。
事業モデルをどのようにすれば、会社として生き残れるのか、そして、何をすれば、大きく繁栄できるのかが書かれています。
その書の作成のために、『社長』という役割が存在します。
社長と言う存在は、特別で、組織内にある他の役割とは全く異なる任務を持っています。
社長の業務の多くが、『社外』にあります。言い換えると『事業環境』となります。
時間の多くを、事業を取り巻く環境の観察に使います。社会はどのように変化していくのか、競合はどう動くだろうか、それを観察するのです。
そして、そこで勝っていくための事業モデルの構想や方針決定を行います。その出来により、会社が繁栄するのか、衰退するのかが決定します。社員の生活が豊かになるのか、貧しくなるのかが決定するのです。
経営計画書の作成に全身全霊を掛ける人、それが社長という役割なのです。
自社が成長発展する経営計画を描けなければ、どんなに社内業務を上手にこなしたとしても、何も評価されることが無い役割なのです。
その経営計画書を持って、管理者や社員にその実現を依頼することをします。
社長の役割は「未来の決定」なのに対し、彼らの役目は「未来の実現」になります。
彼らに、その実現のために知恵を借りることをします。
「どうしたらもっとこのような見込客を増やせるだろうか?」
「この工程の不良率を下げたい。原因は何だろうか?そして、その対策案は?」
彼らは、日々その業務をこなしています。やはり、こちらからは観えず、彼らにしか解らないことがあるのです。彼らは、その目標達成のための課題と現実的な対策案を出してくれます。
その結果、経営計画書に描かれた成長発展の未来構想は、実現に近づくことになります。
ただし、この時に注意が必要です。
「社員に意見を求める、その範囲を間違えてはいけない」ということです。
「当社は、何を実現するのか」という事業目標については、社長が決めることになります。
それは、先ほど説明した通り、組織内にその責任と権限を持つ者は、社長しかいないからです。また、そのための「事業環境」を知るための動きも、そのための熟考に膨大な時間を使っているのも社長だけなのです。
それに対し、社員が考えられる範囲は、あくまでも「その実現のための策」となります。
彼らは、毎日の殆どを自分の業務に使っています。その業務においては、彼らはプロであり、非常に頼れる存在なのです。そんな彼らに意見を求めてよいのは、「その業務内」という範囲についてとなります。
冒頭のM社長は、ここで間違いを犯しました。
自身が決定した事業目標を明確に伝えない段階で、社員に目標を立てさせてしまったのです。当然、その目標は、M社長の期待するレベルにはありません。
それのどれもが、「甘い」のです。そのすべての目標が、目線の低いものであり、「重要性の低い」ものばかりなのです。これでは、成長発展どころか、いまの窮地を脱することもできないのです。
社員の立てる目標は甘くなって当然です。社員に、自社の事業モデルを変える目標を出せるはずはありません。それどころか、方針を変更するような目標の立案も無理なのです。
彼らに、そんな役割はありません。ましてや、そのような動きもしていないのです。世の動きや競合という事業環境の観察をしていないのです。そして、大局的に事業を見てもいないのです。
当然、彼らの出してくる目標は、「今の業務をどうするか」になります。そこに、大きな何かがあるはずも無いのです。
その出された各部門や個人の目標を、統合すれば会社は大きく変わることができるか?
当然、答えは、NOです。それらすべてを達成したとしても、多少業務効率が改善される程度です。長期的には、時代の変化には対応できず、衰退に向かうことになります。
社員から出される目標は、今後自社が発展成長するほどの事業目標には、絶対になり得ないのです。あくまでも、市場を大局的に捕らえ、熟考している社長という役目の人が出す目標により、会社は存続、そして、繁栄ができるのです。
その結果、M社長は「却下」という正しい判断をされました。すると、案の定、社員から「社長は、我々が一生懸命に考えた目標を無下にするつもりか」との反発が出たのです。
訊いてはいけない内容を、その役割も力も無い人に、してしまったのです。そこに、日本全体にある「間違った民主主義(全体意識・平等意識)」が力を与えることになりました。
私は、そこまで聴いて、気になっていたことを訊きました。
「正しい経営計画書は、有りますか?」
すると、M社長は鞄から冊子を取り出し、私に渡しました。
私は、それを確認します。
それを拝見すると、やはり、まともな経営計画書になっていません。そこには、具体的な事業設計や方針、そして、目標が書かれていないのです。あるのは、社員の心構えや社内のルールばかりです。そして、根拠の全く書かれていないPLが貼られています。(具体的な目標と行動計画がなければPLはつくれるはずがないのです。)
会社としての事業目標が全くない状態です。
それなのに、社員に自分達で目標を立てろと指示を出したのです。
これほど、馬鹿げたことはありません。
会社としての事業目標が無い状態で、「期初に、管理者や社員に目標を立てさせ、その達成度合いで評価する」という目標管理制度など、全くの無意味なのです。
経営計画書が無い会社に、目標管理制度など、成立するはずが無いのです。
こんなことを指導している人事コンサルタントが居るということにも驚きますが、根本には、社長の認識間違いがあるのです。
世の中には、こんな考え方が蔓延しています。
「経営計画書作成に、社員を参画させるべきである」
「自分達で目標を立てさせることにより、その達成にやる気や責任を持つようになる」
「ボトムからアップしてきた目標と、トップからのダウンの目標をすり合わせる」
どれも、良いように聞こえます。どれも、正しいように聞こえます。
しかし、これらはあくまでも、社長としての、「自社を成長発展に導くための事業モデルとその方針、その目標」があってこそになります。それが無ければ、自社の存続も繁栄も無いのです。そして、あくまでも、彼らに求めるものは、「その実現のための案を出してくれ」という依頼なのです。
社長という『役割』を正しく認識することです。
そして、それを全うすることです。
その時に、管理者も社員も、その実現のために力を大いに発揮してくれることになります。
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