No.352:M&Aの基本的な考え方。グループで年商45億を達成したK社は、なぜ成長が鈍化したのか?
K社長との、5年ぶりの面談です。
当時、「年商6億円が4年で30億になった時点」で、契約を終了しました。
その後も、K社は快進撃を続けています。
「先生、お陰様で、今期はグループ全体で45億円になりそうです。」
私は、素直に答えます。
「おお、それはすごいですね。」
K社長は、隣に座る経営企画室の社員に資料を出すように指示をします。
「M&Aを繰り返すことで、規模は大きくなりました。しかし、成長が鈍化しているように感じるのです。」
私には、「やはり」という思いがありました。複数の事業、複数の会社を持つ社長がやってしまう間違いを犯しているかもしれません。
M&Aを進めるときに、もっとも重要になるのが、その目的を明確にすることです。『事業』に主眼を置いた時の目的は、大きくは以下の三つとなります。
1.エリアを買う
既存の事業と同じ事業を他社から購入することで、「横展開」を加速させます。
同じ事業であるために、複雑化を避けることができます。また、その後の、本部機能の統廃合により、スケールメリットを得ることができます。
例:電気工事会社が、隣の県の同業をM&Aする。
2.クロスセル(単価をあげる)
今の顧客(市場)に対し、新たなサービスを提供するために、購入をします。
すでに営業ができる顧客を抱えているため、スピードを持って売上げを増やすことができます。
例:電気工事会社が、管工事業をM&Aする。
3.ジャンル(専門業種)を買う
特色ある専門性の高い事業を購入します。それを武器にして、他のエリアや他の業界に攻め入ることができます。その一つのサービスで入り込んだ後は、本体のサービスの提案に移ります。
例:電気工事会社が、専門設備の工事会社をM&Aする。
M&Aの目的は、このどれかになります。「エリア」、「クロスセル」、「ジャンル」、どれを求めるのかを明確にする必要があります。その戦略を持ったうえで、その先を探すことをします。
このどれにも当たらないM&Aは、「新規事業」となります。それは、会社としての新天地を求めて行うものです。その獲得した事業に勝算があること、そして、いまの会社の年商以上の規模に育つことが絶対条件となります。全くの新事業など、通常の状態では、お薦めしないことです。
M&Aの対象は、あくまでも『事業』にあります。
それは、経営の単位が『事業』であるからです。
事業とは、顧客、サービス、実現する価値、この3つの組合せです。この一つでも異なれば別事業としてカウントします。その一つの事業を伸ばすために、事業戦略があります。
経営では、この事業のバランスを考えることになります。スピードを重視し、一つの事業を拡げるのも、一つの地域で複数の事業を展開するのも、立派な経営です。その事業の組合せや優先順位をつけるのが、経営者の役目です。
そして、その手段の一つが、M&Aなのです。
社長には、大きく長期的な経営の視点が求められます。
また、其々の事業を伸ばすための事業の視点が求められるのです。
8年近く前に、K社を訪問した時は、年商6億円でした。
「早く大きくしたい」というK氏の要望に応じ、お手伝いをさせていただきました。本体である土木工事業の仕組化と組織化を進めます。
その一方で、M&Aの方針を明確にしました。先に、「エリア」、「クロスセル」、「ジャンル」の戦略を十分に検討したうえで動いたのです。
その結果、4年後には、5社で30億のグループ企業にすることができました。
各事業が見事に相乗効果を発揮することになりました。
また、本体で作り上げた仕組みを、スムーズに各グループ企業に移管することができました。
あれから5年が経っています。その後も、順調にいっているものだと思っておりました。しかし、K社長の表情に、その様子はありません。
「先生、どうも成長が鈍化しているのです。利益も、この規模からすると全然出ていません。」
K社長は、同席させた経営企画室の社員に指示を出します。一冊の立派な経営計画書が取り出されました。
それは、私の「ご指導」させて頂いたものとは違うもののようです。
立派な装飾が施されています。私は、その経営計画書を受け取ります。
私は、少し拝見します。K社の停滞の理由が、予測から確信に変わりました。
私は、K社長にお聞きしました。
「各事業について、確認させて頂いてよろしいですか?」
K社長は、取り敢えずうなずかれました。
「本体である土木工事業の大方針を教えてください。」
K社長、「大方針ですか?」と繰り返します。
私は、補足するつもりで質問をします。
「いま、エリアを拡げていますか?それとも、工事単価を上げていますか?」
答えが無いので、他の質問もします。
「どういう顧客や案件を重点としていますか?」
結局、K社長からは明確な答えはありませんでした。
私は、次の事業について御聞きします。
「この専門工事の会社の大方針を教えてください。」
頭の良いK社長です。すぐに、自社の成長の鈍化の理由を理解するに至っていました。また、自分の大きな間違いに気づいたのです。
「各事業についての、具体的な方針を出していませんでした。会社が大きくなり、すべてが粗くなっていました。」
これは、世の多くの社長が犯す間違いです。
複数の事業を持つ、複数の会社を持つ、それによって、やることが変わるわけではありません。
それぞれの事業に対し、どう展開するのか、何に力を入れるのか、という具体的な方針が必要になるのです。そして、新規顧客開拓、リピート対策、品質向上、価格など、すべてに方針と目標を設けていきます。そして、その実現ための行動を計画し、PDCAを回し、仕組みを成長させていきます。
どんな事業も、このサイクルによって、伸びることになります。逆を言えば、このサイクルが無ければ、伸びることも、成長も無いのです。
複数の事業を持つ、複数の会社を持つ、ということは、その数の分だけ、それを行うということです。
そのはずなのに、粗くなってしまうのです。
複数の事業を持つことで、一つの事業に向ける熱が薄まる社長がいます。
複数の会社を持つことで、一つの会社の検討が粗くなる社長がいます。
これこそが、Kグループの成長の鈍化の理由だったのです。
これこそが、グループ会社を経営する社長が犯す間違いないのです。
経営計画書を拝見すれば、すぐにそれを知ることが出来ました。
グループの理念から始まり、グループのビジョンと、数字計画が載っています。次のM&Aの予定が書かれています。各会社の年商と粗利高が積み上げられています。その結果、グループ全体の年商は増えていく予定です。非常に粗く、雑な思考の様子が読み取れるのです。
そこには、事業の視点が欠落しています。
各事業をどのように伸ばすのか。それについての言及された項がありません。有っても数行です。一つの事業について、数行が割かれているだけなのです。
それは本来、3、4ページあってしかるものです。一つの事業を伸ばすための施策を書けば、必ずそれぐらいにはなるのです。
そして、それは、各事業が成長していない状態にあることを意味します。具体的な目標が書かれていません。それは、具体的に仕組みの改善に取り掛かっていないということなのです。
Kグループの状況をまとめると下記になります。
「M&Aをした会社の分だけ、年商が増えた。一つのひとつの事業や会社は、いままでの惰性で動いているだけ。各社が切磋琢磨をしている状況とは程遠く、成長していない。結果、体質は緩み、毎期利益率は下がっている。」
K社長は、顔を上げ言われました。
「恥ずかしい限りです。もう一度ご指導いただけますか?」
私は、全力でお手伝いすることと、やることをやればグループ全体に活気が満ちていた状態を取り戻せることを、約束しました。
経営の単位は、事業にあります。
一つの事業に対し、具体的な方針を示すこと。そして、その実行に興味を持ち続けること。それが出来ないのであれば、複数の事業、複数の会社を持たないことです。一つひとつの事業の発展なしには、会社の発展もグループ経営もあり得ないのです。
経営全体を考える時間、一つの事業にフォーカスする時間、その使い分けが必要になります。
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