No.529:中小企業が社内アンケートを実施する際の注意点

ある日、広報支援業を営むS社長からメールが届きました。
「先生、コンサルティングとは関係ないのですが、相談したいことがあります。それは、社内アンケートについてです。従業員の満足度を高めるほどに逆に売上が下がっていきます。このままこれを続けてよいものか迷っています。」
私はS社長に面談の候補日を返しました。
「添付頂いた経営計画書についても、その場でコメントさせてください。」
作成中の経営計画書を拝見し、S社が社内アンケートを続ければ、組織が崩壊しかねないと考えたのです。
社内アンケートの目的と期待される効果
社内アンケートは、主に以下のような目的で実施されます。
従業員満足度の向上:社員のモチベーション(不満を含め)を把握し、それに対する施策を取ることで、仕事への意欲や会社へのロイヤリティを向上する。
理念や方針の理解度の確認:会社の理念やビジョンや方針が社員に正しく伝わっているか、また、それを理解しているかを確認します。その結果を受け、その補強や社内のコミュニケーション方法の改善に繋がる。
職場環境の改善:職場の物理的・心理的な環境課題を発見し、より働きやすい環境へ改善を行う。そこには福利厚生に関するものから、職場の人間関係も含まれる。
業務の改善:業務で起きている不効率や社員が持っている改善案を出してもらう。そこには経営層や管理層からでは見えない、「現場」ならではのものがある。
不正やハラスメントの防止:職場内での不正行為やハラスメント(セクハラ・パワハラ)を早期に発見する。その対策により離職を防ぎ、その恒久的な対策を行う。またこの社内アンケートの存在自体が抑止力にもなる。
こう改めて見ると、社内アンケートは非常にメリットが多いものと思えます。では、なぜ多くの中小企業の社長がその導入を疑問視したり躊躇したりするのでしょうか。やはりそこには、大きな問題が潜んでいるのです。社内アンケートの導入方法やその運用を誤ると会社組織にとって真逆の効果になってしまうこともあるのです。
社内アンケートの最大のリスク:「組織が内向き」になること
組織は本来、『内向き』になりやすいものです。分業を進めると、お客様との接点のない部署ができます。また全体最適よりも部分最適を重視しがちになります。その結果として「組織が内向きになる」という症状を生むのです。
社内アンケートには、組織を内向きにすることを助長する効果があります。そのアンケートの多くの項目は、顧客や競合、世の中の変化といった『外』のことではありません。その多くは『内』についてのものです。また、その社内アンケートに込められた目的も「従業員の働きやすさ」といった『内』のものになりがちです。
その社内アンケートの結果を見て、社長や管理者がその問題解決に動けば、組織は更に「内向き」になります。その対象は主に「福利厚生」や「社内コミュニケーション」について、となります。
「社員からのアンケートの結果を受けて、社員の働く環境について、社長や管理者が意識を向け、その施策を取っていく。」これを見せることで「組織を内向き」にしてしまっているのです。これが社員へのメッセージになっているのです。
従業員満足度が上がると、逆比例して業績は悪くなる!?
冒頭のS社は、正にこの状態でした。S社の社員数は20名を超えて、営業部や製作部という形で部署がありました。管理部長の提案もあり社内アンケートを実施することにしました。世の中から「従業員満足度が上がれば、顧客満足度も上がり、業績も上がる」という言葉も聞いていました。
S社長は、社内アンケートの実施とその後の改善をプロジェクトで進めることにしました。中堅と若手から6名をメンバーとしました。そのほうが「彼らの愛社精神も責任感なども高まるだろう」と考えたのです。
そのS社長の狙い通り、会社の福利厚生は急速に整備されていきました。休みも申請しやすく、フレックス勤務も可能です。職場がきれいになり、自由に飲めるコーヒーなども充実しています。そのためにプロジェクトのメンバーは、労働に関する法律も勉強しました。
その取組みを3年続けていました。この時になってS社長は気づいたのです。
「組織が内向きになっていないか」。
気づいて見ていると会議や業務の中で「お客様よりも自社の都合を優先している」ような、社員の言動が散見されるのです。
「この件は少しお客様に待ってもらおう」、「とりあえずこの案をぶつけてみて・・・」
これらは創業当時では有り得ない発言です。「お客様の都合を優先し、お客様の替わりに考え抜いて」が当社の姿勢でした。それが無くなっているように感じるのです。
そして、何よりも業績は実際に伸びていません。この3年同じ年商規模なのです。それどころか、粗利率は徐々に下がっています。簡単に外注を使うようになっていたのです。
従業員満足度は上がるも、逆比例して業績は悪くなっていたのです。
従業員満足度向上による業績悪化の要因
「働きやすさ」を追求した結果、以下の問題が生じました。
・仕事の負荷が下がり、生産性が低下:「追い込まなくなった」
・売上向上の視点が抜け落ちた:「我武者羅感がなくなった」
・顧客より社内を優先し、サービス品質が低下:「これぐらいでいいか」
これがS社で起きていたことです。この事例から得られる教訓は以下のものになります。
・社内アンケートに外向きの視点(顧客への貢献・競合や環境の変化)は含まれているか?(内向きに偏っていないか)。
・その従業員満足度向上の施策が、顧客満足につながる形になっているか?
・仕事の負荷を下げるのではなく、「やりがい」や「達成感」を高める施策になっているか?
また、
・経営層や管理者層が、社員の満足度だけでなく、「顧客の満足」や「競合に勝つ」や「市場の変化」を考慮した発言や意思決定をしているか?
そして、最も重要なのが、
・社長が「顧客」の方を向いているか?
社長は「組織は内向きになりやすい」という前提を持ち、社内に対し「お客様が大事」というメッセージを大げさに言葉と態度で発信し続けていることが必要です。
社長自身が内向きになっていないかをチェック
私は、そのメールに添付された経営計画書を拝見しました。S社長から「見て意見をください」と来ました。S社長も作られていて何か嫌なものを感じたのでしょう。
その予感は見事に当たっていました。S社長の作成途中の経営計画書は完全に『内』に向かってしまっていました。そこには「社員は顧客のことをもっと考えて行動する」、「新しいアイディアを出し、厳しいことでもトライする」という言葉が並んでいます。
これは一見『外向き』のようですが、実は完全に『内向き』の表現です。社員に向って「~してください」という表現をした時点で「内向き」なのです。その表現は「我々は、〇〇というサービスで顧客に貢献する」や「顧客に〇〇の価値を提供する」というモノが「外向き」であり正解なのです。
S社長は、「社員に外向きに成って欲しい」、「お客様のことをもっと優先して欲しい」という想いが強すぎて、いつの間にか自分自身の目が社員に向かってしまっていたのです。
コンサルティングの場でこのお話をS社長にお伝えしました。
「私は、日々間違ったメッセージを社内に発信してしまっていたかもしれません。」とS社長は言われました。どこまでも素敵なS社長です。
まとめ
社内アンケートは「外向き視点」とセットで運用することが重要です。
社長が「社内アンケートをやろう」と思っている時点で、実は社長自身が内向きになってしまっている可能があります。そう成っていなかったとしても、そのようなメッセージに成ってしまいます。
・社内アンケートの目的は「顧客満足を上げる」である。そして一部「社員満足を上げる」を含む。
・経営計画書や施策、そして社長の言動が「外向き」になっていることを確認する。
この視点とそれを含んだ運用が大事だということです。
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矢田 祐二

理工系大学卒業後、大手ゼネコンに入社。施工管理として、工程や品質の管理、組織の運営などを専門とする。当時、組織の生産性、プロジェクト管理について研究を開始。 その後、2002年にコンサルタントとして独立し、20年間以上一貫して中小企業の経営や事業構築の支援に携わる。
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