No.528:後継者がいない。中小企業(年商数億企業)の現実的な選択肢と今すぐにやるべきこと。
特殊工事業S社長が面談に来られました。
私には、その瞬間に「無理ではないか」という想いが過ります。そして「お話だけでも御聞かせいただこう」と姿勢を正しました。
S社長は、この時70歳を過ぎていました。事前に課題一覧は拝見しています。
その一行目には「後継者がいない」と書かれています。そして、その下には「社長である私が営業と見積作成をしている」「社員に覇気がなく指示待ち」「退職率が高い」と年商数億円企業が持つ課題そのものが並んでいます。
私の理論にはやはり時間が掛かります。しかし、S社の後継者問題を解決することは私にしか出来ないのではないかとも思ったのです。
後継者がいない中小企業の現実的な事業承継の選択肢
以下が、後継者がいない中小企業(年商数億円規模)の現実的な事業承継の選択肢とその検討の順番になります。そして、私が感じる「実際の割合」の順となります。
1.子供に継がす
私もこれが理想ではないかと考えています。子は親の働く姿を見てきました。また家族での食事の場では「常に」仕事の話が出ます。そして、何かの都合で事務所に一緒に連れられたり、社員と会ったりした経験もあります。そんな毎日で「経営者マインド」は作られているのです。
大学を出て一度、他の会社を経験しておくことが良いでしょう。そのうちに「自分で人生を切り開くこと」や「組織に仕える辛さ」そして「親の会社を継ぐ責任」という想いに目覚めてきます。
2.身内に継ぐ
検討の順番は、自分の子供、自分の兄弟、そして社員というものになります。「血の濃さ」でこの順番になります。血とは「宿命」と表現したほうが良いかもしれません。その「血の濃い者」ほど、「逃げる」という意識も選択権も小さくなります。
そして、社長自身も「濃い者」ほど、あきらめが付くというものです。「こいつに渡して、ダメだったとしても自分が悪い」と腹が括れるのです。これが「社員」であれば、そうはなりません。そういう意味でも「子供」が理想ではあります。
継ぐ子がいない場合、またはその子が幼い場合には、兄弟か妻に後継者または中継ぎとしての社長を担ってもらうことになります。
3.社員に継がせる。
自社の幹部や社員に会社を託します。当然ですが、その時の人選は非常に重要なものになります。向上心はもちろんのこと、人格そして、何よりも成果を出していることが大切です。実際に自分の替わりに会社をまとめているか、少なくとも営業か製作という主軸の部署でトップを担っているぐらいは必要になります。
身内に比べ、株式の渡し方など資産の問題が大きくなります。専門家に相談し長期的な視点での取組みが必要になります。
ヘッドハンティングなどで他から連れてくる取組みを行う会社もありますが、それでうまくいくことは「奇跡」に近いと言えます。入社してもらった後の合う、合わないという問題よりも、「獲得することができない」のが実情です。
4.知合いに買ってもらう。
次に考えるのが「同業または地域での友人・後輩など」への売却です。
自分が長年培った会社です、この時にもやはり相手の能力や人格を観ることになります。譲った会社だからと言って、何をされてもよいものでもありません。「理念」を共有できる人を選ぶことが重要になります。
今後の事業のこと、そして、社員のこともしっかり話をすることができます。元々信頼が深い相手であれば、よりスムーズに話が進むことになります。
5.取引先に会社を売却する。
M&Aではその目的が重要になります。その目的は、主に「新規事業」「商圏(顧客)」、「生産能力の一部(社員・設備・仕組み)」、「ブランド」の獲得になります。当然、その相手にとってメリットが大きく、相対的に価格が安いほど話は進みやすくなります。
その取引先にとって「当社が存在しないと困る」という状況があるのであれば、買うことの必然性は大きくなります。このようなケースは、製造業や建設業などで自社が特殊技術を保有しており、仕事の発注側が大手中堅企業である場合によくある事例です。
その取引先も「御社に後継者がいないことをヤキモキしていること」が多くあります。どこかのタイミングでその取引先の上位者に話を持ち掛けることになります。
上記が、後継者がいない会社の選択肢であり、検討の順番になります。後継者問題は「早く手を付けたほうが良い」と言われるものの、中々行動には移せないものです。これが検討の参考になれば幸いです。
後継者がいない、根本の原因とは?
さて、それを進めながらも、社長には「いま」やるべきことがあります。
「後継者がいない」という状態を生んだ、根本の原因を解決しなければなりません。その問題の根本は、「誰もその会社を継ぎたい(欲しい)と思わないこと」にあります。
子供は親の会社や親の働き方を見てどう思っているのでしょうか。小さな会社で事業に特色ない、毎日遅くまで仕事して大変そうだ、社長になってもその生活水準であれば夢も無い。
また、その事業もその内部も『属人性』だらけです。その最も大きな属人性の先は「社長」になります。事業の特色も強みも社長です。その成長サイクルも社長です。その判断の基準も社長です。そして、当然その状況ですから、人は育っていないのです。結果、幹部も管理者も居ない状態です。
厳しいことを言いますが、この状態では子や身内は「この会社を継ぎたい」とは思えないのです。この状態を長く続けてきた結果が「後継者がいない問題」なのです。これが根本の原因です。
そして、社員も「自分がこの会社の社長になる」という選択肢を持てないのです。彼らは「こんな会社を継いでも責任だけ大きくて・・」と思っているのです。妻に相談すれば、間違いなく反対されます。
それは身内や社員だけに限ったことではありません。知人も取引先も思っています。事業も社長、その技術も社長、その会社イコール社長なのです。「友人の頼みでも、買って得が無ければ・・・苦労を背負いこむだけだ」、「廃業の可能性もある、今のうちに新しい取引先を見つけよう」と考えるのは仕方がないことなのです。
子も身内も社員も継ぎたくない会社になっています。継げない会社になっています。また、知人の会社も取引先にとっても買っても旨味のない会社になっています。それどころか、買えない会社になっています。
社長が今すぐに取り掛かること
後継者候補の有無に関わらず、継ぎたいと思わせる会社にする必要があります。買って旨味のある会社にする必要があるのです。これが、今、社長がやるべきことです。
冒頭のS社長は、私の本を読みご自身でそれに気づかれました。S社長は、面談の場で言われました。「今の会社では誰も欲しがりません。そして、自分に子が居たとしても、私自身が今の会社を継がせたいとは思わないでしょう。」
この時のS社長は70歳を超えていました。私の理論を実行し実現するのにはやはり時間を必要とします。それ以上に、いままでの経営のやり方を根本的に変えるために、ご自身に大変な精進が必要になります。
私の考えを察してS社長は言われました。
「先生、私は後5年は頑張れます。また事業承継の問題は他の専門家にも相談しています。先生には社員が継ぎたいと思える会社にするご指導をお願いしたいのです。」
その言葉に私の心にも火が灯ります。私も覚悟を持ってお受けすること、また必ず変革させることをお約束させて頂きました。
子や身内や社員が継ぎたいと思える会社にする
あの面談から4年が経ちます。事務所にS社からの封筒が届けられました。開けるとそこには、本社移転と新役員2名就任の案内があります。
より優秀な人材を採用するため、また、より会社が魅力的に見えるように本社を駅前のオフィス街に移したのでした。
営業部長と施工部長の二人を役員にすることも相談を受けていました。「少し早い」と思われましたが、早く後継者を確保する必要性があったこと、そして、建設業許可の関係もありました。そして何よりも本人達がやる気になっていることもあります。
今その二人が中心となって会社を回しています。年商も2億円、2億6千万円、3億8千万円、5億円と推移しています。S社は立派な会社になったのです。S社長は見事にやり切ったのです。
子や身内や社員が継ぎたいと思える会社にする必要があります。それ同等に継げる会社にしておく必要があります。また、知人や取引先が旨味を感じる会社にする必要があります。それ以上に買える会社にしておく必要があるのです。
その取組みにより、「後継者がいない問題」の解決のスタートが切れるのです。
まとめ
・後継者がいない中小企業の現実的な事業承継の選択肢は、子供・身内・社員・知合い・取引先の順。
・後継者いない根本原因は、「誰もその会社を継ぎたい(欲しい)と思わないこと」
・後継者候補の有無に関わらず、継ぎたいと思わせる会社にする必要がある。
・それ同等に継げる会社、買える会社にしておくこと。
お勧めの関連記事
No.206:父と子、トップと№2の不仲、その解決策はこれしかありません。それが得られれば、事業承継も複数の会社の経営も可能になります。
https://www.yssc.jp/column/column206.html
No.408:一族経営、共同経営が、うまくいかない理由。そして、その対策とは。
https://www.yssc.jp/column/column408.html
矢田 祐二
理工系大学卒業後、大手ゼネコンに入社。施工管理として、工程や品質の管理、組織の運営などを専門とする。当時、組織の生産性、プロジェクト管理について研究を開始。 その後、2002年にコンサルタントとして独立し、20年間以上一貫して中小企業の経営や事業構築の支援に携わる。
書籍 年商10億シリーズ、好評発売中