No.542:「ダメな社員」に囚われるな──育てるのは『人』ではなく『仕組み』である

「彼が出来るようになれば、うちは跳ねる気がするのです。」
F社の社長が、初回のコンサルティングの場でそう言われました。特殊工事業を営むF社には、施工管理者が4名います。そのうちの3名は「優秀」であり、残る1名が「どうにも伸びない」とのことでした。
F専務も続けて言います。
「彼を育てるのには、どうすればいいのでしょうか?」
このとき私は、訓練体系の説明をしていました。
ところが、お二人からは、その社員の話ばかりが出てきます。
私はこう伝えました。
「ダメな社員に囚われてはいけませんよ。」
人材育成には三段階ある
1.訓練:決まったことがその通りにできるようにする。手順やルール通りに作業を実行できるようにする段階。
2.応用:状況に合わせ適切な判断ができる。基本的なことを理解したうえで、現場で起きる変化やイレギュラーに対応できるようになる段階。
例、「現場で工程が乱れた際、自ら段取りを組み直す」
3.教育:未来づくりの業務をできるようにする。仕組みづくり、目標と計画づくり、マネジメントなどに参画させる。
それぞれの社員が今どの段階にあるのかを見極めることが重要です。
新入社員にはまず「訓練」を施し、入社3〜4年目には「応用」ができるように経験を積ませます。そして、管理者としての期待が持てる社員を「教育」に巻き込みます。
個々の社員を考える時に、「人を育てる」や「育成」という言葉は使ってはいけません。この言葉を使うと思考が忽ち曖昧になります。
「その社員には、何が不足しているのか」それは「基本」なのか、「経験」なのか、「参画」なのか。その社員にとって何が必要であるかを、正しく見極めることが必要なのです。
この考え方は、管理者にも同様に当てはまります。その社員は、管理者としての業務も、部下の管理も初めてです。そのため、まずは「訓練」が必要です。その後、「応用」へと進み経験を積ませながら、より重要な部署や大きなプロジェクトを任せていきます。
「訓練」は新入社員だけのものではありません。
F社の社員はなぜ「ダメ」なのか?
私は、上記の三段階の説明をしました。
社長は言われます。
「彼は入社して5年が経ちます。応用段階のはずですが…」
黙っていた専務は、ハッとして頭を上げます。
「彼は、訓練ができていないのでは。」
訓練とは、「決められたことがその通りにできるようになること」です。
彼にはそこに欠けるものがあります。
・「態度が良くない」:指示に従わない、注意するとふて腐れる、素直さが無い。挨拶しない、メモも取らない。
・「基礎能力が不足している」:何度教えても覚えられない、段取りが組めない。同じミスを繰り返す。
理解した社長が答えました。
「彼には基本がありません。応用の段階ではないのです。」
「もう大丈夫だろう」「そろそろ現場に出しても」と、感覚的に、まだそのレベルに達していない者を、実践の場に送り出していたのです。これでは現場でのトラブルやお客様からのクレームが減るはずがありません。
訓練ができていない社員を、応用で評価してしまっていたのです。
本当の問題は「訓練していないこと」ではない
専務は返します。
「彼の訓練をやり直さなければいけませんね。」
私はここで口を開きます。
「いえ、取り組むのは訓練ではありません。訓練プログラムをつくることです。」
F社の目標は、「施工管理者を量産すること」にあります。10名、30名、100名と増やすのです。その分だけ現場を受けられるようになります。また、いままでのように社長や専務が付き切りで教えるわけにはいかないのです。
F社に必要なのは、「採用した者への訓練プログラム」であり、それをクリアした者が応用でき、施工管理者としてプロフェッショナルとなる『育成体系』なのです。
社長も専務もこの考え方がよく理解できたようで、大きく頷かれます。
そして、この言葉の意味も確認させていただきました。
「ダメな社員に囚われてはいけませんよ。」
ダメな社員をどうにかしようとして、その社員が良くなることはありません。それで良くなった事例は皆無です。それどころか、そっちにかまけている間に、優秀な社員が退職し、会社が崩壊しかけたところは数多くあります。
人に向かってはいけません、仕組みに向かうのです。
F社には、3名の優秀な社員がいます。彼らと、一緒に仕組みをつくるのです。
まとめ:人に向かってはいけません。向かうべきは、仕組みです。
目の前の一人の社員に囚われて、会社全体の未来を見失ってはなりません。「育てたい」と願うその想いこそが、最大の誤りであり、最大の遠回りです。
例え万が一にその人が育ったとしても、人を増やせば次が発生します。その時にはまた悩まされることになります。
育てるべきは、人ではなく「仕組み」です。
その仕組みがあれば、何人でも量産できます。また、態度を改めない者や基礎能力の欠ける者を早期に退場させることもできます。
そして、優秀な社員はその仕組みのおかげで、一瞬で成長していきます。並みの社員も数か月、数年で応用できるようになり稼ぐようになります。
「訓練プログラムをつくる」
「応用までの育成体系を描く」
そして
「その仕組みを育てよ」
それにより、未来は開かれるのです。
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矢田 祐二

理工系大学卒業後、大手ゼネコンに入社。施工管理として、工程や品質の管理、組織の運営などを専門とする。当時、組織の生産性、プロジェクト管理について研究を開始。 その後、2002年にコンサルタントとして独立し、20年間以上一貫して中小企業の経営や事業構築の支援に携わる。
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