No.556:彼女達はなぜ管理者になりたがらないのか

面談に来られたS社長は、疲れた表情を浮かべていました。
「また店長が辞めてしまいました。ここ数か月で3人目です。」
美容系店舗サービスを展開するS社は、現在20店舗。スタッフは女性が中心で、雰囲気は和やかです。しかし、いざ店長に任命しようとすると辞退されてしまうのです。
S社長はこう言います。
「店舗パッケージは当たっています。しかし、店長のなり手がいないから新規出店ができないのです。」
そこまでお聞きし、矢田は尋ねました。
「その店舗は、いま仕組みで回っていますか?」
中間管理職が疲弊する現象
いま、多くの企業で「管理職になりたくない」「中間管理職が疲弊している」という現象が広がっています。
経営層と現場の間で調整役を担い、自分自身もプレイヤーとして動きながら、人材不足や働き方改革の要請まで受ける。その負荷は極めて大きいのです。
一般的な対策としては「権限移譲と裁量の明確化」「サポート体制の強化」「キャリア展望を示す」などが語られます。
しかし、これはある程度仕組みが整った企業だからこそ議論できることです。年商数億円規模の「仕組みのない会社」では、そもそもその土台にすら立てていないのです。
管理者が動けない本当の理由
その理由は明確です。「現場が仕組みで回っていないから」です。
・仕事の見える化がされていない
案件が今どの状態にあるのか、誰も正確に把握できません。「どの顧客対応が終わっていて、どの工程が滞っているのか」が見えないのです。その結果、自己管理のできる一部の優秀な社員だけが何とか仕事をこなし、その他の社員は「納期遅れ」や「忘れ漏れ」という問題を定期的に起こします。そのたびに社長は火消しに追われることになります。
そして管理者はこう言われます、「もっとしっかり管理しろ」と。本人も「すみません。自分がもっと頑張らなければ」と自責の念にとらわれます。
見える化がされていなければ、管理者も進捗を管理することなどできないのです。そのくせ、責任だけを背負わされる。これでは誰も前向きに管理職を引き受けたいとは思いません。
・基準が曖昧で属人的
職場の判断の拠り所が「過去の社長の口頭での指示」や「自分の経験的な感覚」に依存しています。その時々の社長の指示には一貫性が無いように感じられます。また、同じ業務でも人によってやり方も成果もバラバラという状態です。
その基準が明文化も共有もされていません。そのため、管理者が部下を指示するときには「自分の考えが正しいのだろうか」という迷いが絶えず生まれます。また、そのチームや部下にとっては「誰の言うことが正しいのか」が曖昧で、説得力を失います。
そして、社長が自分と異なるジャッジを下せば、更に自分の存在意義はこそぎ落とされていきます。こうした状況で管理職を担うことは、まさに「割に合わない仕事」になってしまうのです。
管理者を機能させる条件
この二つの欠如こそが、管理者を押し潰し、なり手を消しているのです。
「仕事の見える化」がなく、「基準」も曖昧な中では、管理者は常に板挟みになります。上からは「もっとしっかり管理しろ」と責められ、下からは「明確な方針を示してほしい」と不満をぶつけられる。その結果、責任だけを背負わされる構図になっているのです。
それだけではありません。仕組みが無いため「並みの社員」が成果を出せません。その結果、人が辞めていきます。管理者は、「採用した社員に教える、少し育った頃に居なくなる」その繰り返しです。そのたびに、膝から崩れる思いです。自分の力不足だと自責の念にとらわれ、心をすり減らしていきます。
ここに「管理者研修」が追い打ちをかけます。多くの会社では、管理者がうまく機能しないと「研修を受けさせよう」と考えます。これは効果どころか、逆効果になり、更に「本人を責める」ことになります。
管理者研修や教育は解決策にはなりません。なぜなら──くどいようですが、管理者が機能しないのは「本人の能力」以前の問題だからです。
管理者が力を発揮するためには、まず現場が仕組みで回っていなければなりません。
仕事が見える化されていること。基準が明確であること。
この二つが揃っていて初めて、管理者は役割を果たせるのです。
見えるから進捗を管理できる。
基準があるから部下を指摘できる。
その土台がなければ、いくら管理者研修に行かせても、彼らは何一つ学んだことを活かせないのです。
女性スタッフの中から「私も店長をやってみたい」
S社も「店長が続かない」「なり手がいない」という問題に直面していました。
そこでまず取り組んだのは、現場を仕組みで回すことです。
この取組みにより、徐々に「店長を辞退される」ケースが減ってきたのです。そして、実際に彼女達が成果を出してきます。店舗のスタッフとまめにコミュニケーションを取り、指摘も上手に行ってくれます。その結果、一人ひとりのスタッフの売上は増え、職場の雰囲気も良くなり、退職率は目に見えて下がりました。
人の感情に配慮し過ぎてしまう女性には、特に仕組みが必要だったのです。
その店長の充実した姿をみた女性スタッフの中から「私も店長をやってみたい」という声が出始めたのでした。
その結果を確認し、S社長は再度出店に向かいました。毎年5店舗ずつのペースで出店を重ね、その2年後の今32店舗になっています。
提言:仕組みなくして管理職なし
本当の管理職が続かない最大の原因は、「社長に仕組みの発想」が欠けていることです。
それに社長本人は気づいていないかもしれません。しかし、現場の管理者はそこに絶望しているのです。
問題が起きた時に「管理者に向かう」のか「仕組みに向かう」のか。
責められるべきは、「管理者である自分」か、それとも「整備されていない仕組み」か、です。
「管理職の能力が無いから、現場を管理できない」のではありません。
「現場の仕組みが悪いから、管理者は管理できない」のです。
そして
「その状態だから、管理職がいつまで経っても育たない」のです。
社長は「良い管理者を採用する」「管理者を育てる」ことよりも、まずは「仕組みを整える」ことに向かうことです。仕事の見える化と基準の明文化──この土台があってこそ、管理職は役割を果たせます。だから管理者の『量産』ができるのです。
まとめ:目指すは管理者の量産
我々はビジネスを大きくしたいのです。
顧客を量産する、サービスを量産する。
そのためのスタッフの量産なのです。
そして、管理者の量産なのです。
大きく事業を展開し、しかもスピードを持って拡大するためには、現場を任せられる管理者を次々とつくり出す必要があります。
管理者が量産される仕組みができた時に、会社は初めて大きく飛躍できるのです。
お勧めの関連記事
No.74:仕組化を進めると、右腕となるスタッフが現れる
https://www.yssc.jp/column/column074.html
No.356:仕組みと人と組織の関係の全体像。H社長が女性社員に怒ってしまったエピソード
https://www.yssc.jp/column/column356.html
矢田 祐二

理工系大学卒業後、大手ゼネコンに入社。施工管理として、工程や品質の管理、組織の運営などを専門とする。当時、組織の生産性、プロジェクト管理について研究を開始。 その後、2002年にコンサルタントとして独立し、20年間以上一貫して中小企業の経営や事業構築の支援に携わる。
書籍 年商10億シリーズ、好評発売中
